--
--
--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008
12
03

自然と共生する“日本人の原点”を今に伝える夜神楽

「古事記」や「日本書紀」などの記紀のなかで神世の物語の舞台となっている九州中央地域
そこには「伝説と神話のふるさと」として有名な高千穂をはじめ椎葉、米良、諸塚、五ケ瀬など地域の人々の手によって、何世紀にもわたって連綿と受け継がれてきた夜神楽が今に伝えられています

futagani.jpg
"天孫降臨の地”と伝えられる二上山に立ちこめる雲海 
「神々の里」はこの九州脊梁の裾野一帯に広がっている


九州中央山地一帯の夜神楽は、毎年11月から2月までの農閑期、各集落で基本的に33番、夜を徹して舞い明かされます
それは地域(神社)の祭りであると同時に、労働をいたわり、先祖と”自然の神々に感謝して収穫を祝う”一年の終わりに魂を清め、子孫繁栄と太陽の復活を願う“冬の鎮魂祭”、春の新しい命を待つ“豊穣予祝”を願うもので、人の営みの中で生まれる今も昔も変わらぬ祈りが込められています

また、神楽は神道・国学のなかで体型づけられたものですが、永い歴史のなかで陰陽道や密教、山伏修験道の信仰や所作法の諸形態が加わり極めて重層的なものです

そして何より、神楽はそこに住む人々の手によって日々の生活に根ざした「生きた文化」として伝承されてきた結果、地域固有の生活文化・慣習が積み重なって多様性に富んだものとなっています

akimoto3.jpg


響きあう「自然と人間の共生の世界」

もともと日本人は、自然の中に八百万の神々を見出だし、自然と共に生きてきた民族です 
特に、この九州山塊の地に住む人々は厳しい生活環境のなかにあっても「山の恵み」「水の恵み」を大切に享受しながら生きてきました
急峻な山間の耕地を営々と耕し、棚田を築き、その実りに感謝し、冬には猪鹿猟を・・そんな“日本人の原点”ともいうべき生活、精神文化を 今なお受け継いでいます

夜神楽は”自然を畏れ敬い感謝するこころ”と共に地域の文化や風習・歴史を伝承していくという「むら」のちから、生活の継続性が象徴的に凝縮されたものといえます

夜を徹して御神楽見物をした人がよく“神をみた”といいます
御神面を付けた舞い手をとおし、神を拝み、また神世の物語り、かぐら歌を聞くことによって きっと神秘的な何かが生まれ日本人としてのDNAが呼び覚まされるのでしょう

夜神楽が家族、地域の絆を深め連帯感を高める
連帯感が夜神楽を継続させ「むら」の力を育む


ホシャドンと呼ばれる神楽舞い手は、普段は農業などを営むごく普通の地域の人々です
夜神楽が行われるのも一般的には民家です
過疎化高齢化する地域社会のなかにあって、その継続には相当のちからが必要です  地域のエネルギーが凝縮されなければ継続できません
この九州中央地域でも昭和から平成にかけて多くの集落から神楽の灯が消えていきました  これからもさらに減っていくかもしれません

しかし、今回お邪魔させていただいた高千穂の秋元神楽をみていて、初老の先輩達がいて青年後継者達がいる 中高生までも舞手として参加する
子供や孫たちが親・祖父の舞を尊敬の眼差しでじっとみつめる わが子が舞うときはハラハラしながらも時に声援を送り励ます

また舞い手だけじゃなく裏方で支える多くの人がいて、地域のご婦人方も全員で炊き出しにあたる。私たち一夜氏子となった見物衆をもあたたかく迎えてくれる

1年に1度の夜神楽が”誇り高き山人たち”の最高のステージであること、「むら」の力となっていることを改めて感じました

PB300771.jpg

夜神楽とはいっても昼の2時過ぎ氏神迎えに始まり、33番が終わりお開きとなったのは翌日の昼でした
まだまだ書きたいことありますが、これからも各地で夜神楽が行われますのでまた紹介します

秋元神楽2008の模様はマウスフォトライブラリーにUPしています
三十三番(簡単な解説付)+夜神楽風景です 是非ご覧ください
スポンサーサイト
Comment
 

管理者にだけ表示を許可する


Trackback
Trackback URL

«  | HOME |  »

ECO九州ツーリスト

プロフィール


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


検索フォーム


RSSリンクの表示


リンク


ブロとも申請フォーム


QRコード


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。