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2009
06
17

原始農法 焼畑

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「このヤボに火を入れ申す。ヘビ、ワクドウ(蛙)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ。山の神様、火の神様、お地蔵様、どうぞ火の余らぬよう、また、焼き残りのないようお守りやってたもうれ」
と火入れの詞を唱える儀式から始まる焼畑。いまや日本広しといえども、この伝統的な焼畑の光景を目にできるのはここ宮崎県椎葉村しかない
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火は山の斜面の上から徐々に点ける。これを下り火といって一気に燃え広がらせず、時間をかけてしっかりと焼いていく。こうした焼き方は地形や天候、風向きを的確に判断する熟練した人達がいてこそできる

斜面を約3時間かけて焼いたあと、まだ熱も冷めやらぬなか種まきが始まるが、ここでも最初に唱え言がある
「これよりあきほうに向かって蒔く種は根太く、葉太く、虫けらも食わんように 一粒万倍、千俵万俵 おおせつけやってたもうれ」    
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当主 椎葉 勝 さん

山の木を切り下ごしらえをする。翌年夏にこうして火を入れ種をまく。農薬化学肥料などを一切使わずソバ、カブ、イモ、豆類など3~5年耕作して元の雑木山に戻す。いくら山間地で水田や畑地がないとはいえ、50度はあろうかという急傾斜地で機械を全く使えない重労働で生産性、収益性は低い。また収穫の安定性も欠くため、この縄文以来の伝統的農法が日本全国の山間地から消えてしまったのも仕方ないのか。しかし貴重な後継者である勝さんは「非効率なのはわかっているが、やめるにやめられん その理由の第一はこの”種を残すため”ここで代々残してきた種を自分の代で絶やすわけにはいかない」・・・と。
100年前に日本民俗学の父といわれる柳田國男をも戦慄させた焼畑や狩猟の文化、そんな“日本人の原点”ともいうべき生活や文化が 今なおこの椎葉の地に受け継がれているのは、こうした精神があってこそ

百聞は一見に如かず、勝さんも焼畑をとおしてこうした「日本の農・食文化の原点を一人でも多くの人に知って理解していただきたい」と火入れから種蒔き、収穫体験を農家民宿として受け入れている
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左:種を蒔いたあとを竹ホウキを使って地表をならす参加者 
右:3週間後に訪れたときは一面にソバが出そろい白いつぼみを付けていた

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左:急斜面で立っているのもやっとというなか、慣れない手つきで何とか自分で食べる分は刈り取るぞと収穫体験参加者の皆さん
ソバは75日で収穫できるといい、霜がおりる前 10月下旬から刈り取って干す
右:作業の後は秋篠の宮も聞きに来られたというクニ子ばあちゃんの話(本人いわく6000年前からの話)を聞きながらソバ粉をこねて味噌汁にいれたワクド汁や山菜料理の数々をいただく様子。昔懐かしい味がしていずれも絶品!!


これらの写真は去年の一連の模様ですが、今年2009年の火入れの日程が決まりました。8月のお盆前の平日ですが、参加を希望される方はECO九州ツーリストまで お問い合わせ ください
先着順で10名まで御案内します

またイベントプラン→「柳田國男が見た椎葉」(7月18日からの3連休)でも焼畑の地を訪ねます

今年の夏は是非、秘境椎葉を訪ねてみましょう
  

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