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2009
07
11

馬見原は美シキ町ナリ

前回に続き日向往還宿場町「馬見原」紹介第2弾!!

大正15年6月、賑わいをみせる馬見原に行乞姿の俳人 種田山頭火が木賃宿「益城屋(現在の工藤薬店があるところ)」に滞在しています。
かの有名な句「分け入っても分け入っても青い山」とは、ここ馬見原から高千穂に行く途中に詠んだものといわれています。
右手に九州脊梁の山々、正面に祖母、左手に阿蘇・くじゅうの山なみを見ながらの句は「深読みしてもオチがない」と云われる山頭火らしい見たままの美しき光景そのものです。
阿蘇眺望
九州脊梁 向坂山から見た阿蘇、写真中央が南外輪とその裾野に広がる山都町の集落、手前右に馬見原がある

大正時代の馬見原 三河橋
大正期の観光写真(名勝馬見原として絵葉書になっている)
写真左は加藤神社から見た新町の通り、突きあたり中央に樹齢600年以上ともいわれた「山伏杉」がたっている。写真右は木造だった頃の三河橋と夫婦岩、かつて国道だった頃には日本で唯一国道に架かる注連縄として有名だった。

それから100年あまり今の馬見原は下の写真、前回のブログのとおりです。ゆっくりと散策してみると以前にもましてどこでも絵葉書になるような光景がたくさんあります。それは、ここに暮らす人たちが大事に残してきた、受け継いできた素晴らしき財産であり、大きな誇りとなっています。
明徳山 明徳2
明徳山の紅葉風景:明治19年(めいとく)に商家衆がこの山腹に稲荷さんを建立し祀ったところからそう呼ばれている。階段沿いのカエデやイチョウの大木の紅葉は圧巻
明神の本
馬見原橋から見た清流五ケ瀬川:この流れが蘇陽峡、高千穂峡へと続く。右手(左岸中央)には「明神の本」と呼ばれる名水が湧き出ている。

この五ヶ瀬川で昨日、梅雨空のなか川漁を楽しんでいる人がいました。
川漁 川漁2
新鮮な魚が手に入らなかった頃は競って川魚を捕っていたそうだが、今ではこうしたこうした光景を目にすることはあまり無い。驚いたことにタモの中にはカマツカやウグイ、ヤマメ、オイカワ、シラバエ、アブラハヤなど沢山入っていた。南蛮漬けにするという。こういった漁も後世に残すべき貴重な文化と言える。

7月26日(日)開催予定のモライアスロンはこの写真の五ヶ瀬川を500mスイム(遡行)します。魚たちもビックリでしょうね

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